マージナルマン

孤独





深い海の底で、小さな鼓動が戻ってくるのを感じた。

呼吸を取り戻し、以前と変わらない体を見て安心した。
何の変化もないような、そんな気さえするほど、自分の体には何の変化もなかった。

「もう少し、激しいかと思っていたんだけどな・・・」

手に取るくらいに、わかるほど。
それくらいの実感は、実は欲しかったかも知れない。
けれど、それはどうでも良いことだ。

今、この瞬間から、自分は王≠ノなったのだから。
力は、確かにこの胸に息衝いている。


それを感じる。
悪くは、ない。
そう、強いて言うなら・・・溢れるような、・・・・。


「さてと、何から始めようかな・・・。」

誰もいない社に、たった一人の声だけが木霊する。
柱や壁を跳ね返って、自分に戻ってきた声に、ここには、自分ひとり≠セと思い出した。

「あぁ、そうか・・・まずは外に出なくちゃ・・・」



それにしても、静かだ。

ここには、誰にもいない。

いつも五月蝿い連中も、アイツらも、そして、仲間も。



(まるで、僕の心の中のようだ・・・・)
「・・・・・・・何を、考えてるんだ・・・・・。」



知っているはずなのに、今気が付いたような、そんな唐突さ。

今更な事実が、唐突に、ポツリと心の中に落ちた。


そして、波紋を広げる。


「馬鹿らしい・・・・・。今僕が見届けなければいけないのは、この星の未来だろう。」

そうだ。
今、僕が見届けなければならないのは、一つの世界が終る瞬間。

そして、
一つの世界が、新しく生まれ変わる瞬間。

そこに、仲間も、誰も、関係はない。


けれど、波紋は広がる。


そう言えば、ここは、海の底だ。



海の底。
深い、深い、海の底。

アイツらは、まだ追いつかないのか?
誰も、追いついてはこない。


(まるで、僕の心のようだ・・・・・)

深くて、どこまでも深くて、誰も追いつけないほど遠い。
ただ広がる海の、小さな一点に存在する玉座に、眠る。


そして、何かを待ち続けている。
そうして、長いこと待っている。

ようやく目覚める瞬間を、待ち続ける。




「・・・・・うるさいな・・・・・・」

自分の声≠ェ、うるさい。

「僕は、そうだ・・・確かに、待っていた。」


自分が、王として目覚める瞬間を。
世界を変える力を手にして、長い夜が明ける瞬間を、ずっと待ち続けてきた。




この、千年、ずっと・・・・・。




眠ることなく、旅を繰り返して。
命を繰り返して。

「僕の目は、醒めた。」

この深い海の底で、僕の目は醒めた。



さぁ、今度は、世界が眠りにつく番だ。



僕は、ずっと待っていた。
この、果てしない時空の中を彷徨いながら、長い夜が明ける瞬間を待ち続けていたんだ。



この千年、ずっと・・・・・、



「ほら、僕の目は、醒めたよ。」

だから、迎えに来てよ。
鼓動を取り戻し、呼吸も取り戻し、ようやくやってきたこの瞬間を、両腕を広げて迎え入れるから。




広げた両腕に、滑らかな風だけが、入り込んできた。




「ハオさま。」

目を開いた瞬間、自分よりも大きくて、潤んだ目が視界を埋め尽くした。
「・・・・オパチョ・・・・」

「ハオさま、ゆうはん。ラキストよんでる。」
「夕飯・・・・・・」
「ゆ・う・は・ん!ゆ・う・は・ん!」

小さな体が、両腕両足を広げて、体中で喜びを表現する。



あぁ、夢か。



ポツリと、当たり前のように気が付いた。



そして、波紋が広がった。



(まるで、まだ眠っているみたいだ・・・)



あの深い、暗い、海の底で?

否、温い風の吹く、木陰の下で。



けれど・・・・・・・、



目の前で、オパチョは精一杯、自分を呼び続けている。
おいしい夕飯に、ハオを呼びに来ている。


これが、夢なら・・・・


目を開けたら、待っているのは、あの深い海の底。


これが現実なら、待っているのは、何だろう?



「ハオさま?」


大きな瞳を潤ませて、オパチョは小さな首をきゅっと傾げた。


(馬鹿らしい・・・・・)

これが、もしも、
あの深くて暗い海の底で見ている夢ならば、・・・寂しい。



小さな体を抱き上げて、肩車をしてやると、オパチョはきゃっきゃとはしゃいだ。

「お腹すいたね。・・・今日の夕飯は?」
「カレー。ハオさま好きな、カレー。」
「そっか、じゃあ、早く帰らなきゃね。」


本当なら、このままゆっくり、歌でも歌いながら帰るのに、
口を開いて出てきたのは、歌詞ではなかった。




「オパチョ、僕が王様になったら、オパチョはどうしたい?」

「オパチョ、ハオさまついてく!ハオさまといっしょ!」




オパチョの声は、いつもと同じく大真面目だった。



「そっか。・・・・・じゃあ、今日は駆け足で帰るよ。」
「かけあし!かけあし!」








良かった。 その答えが聞けて。








 





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