僕は風 僕は大地 僕は木漏れ日 僕は 僕は 僕は 「すっかり春だなあ」 吹く風はあたたかく、日差しはきいろを帯び、電線に止まる鳥は愛らしく、なにもかもが穏やかに感じられる午後。足下でゆれる草花の根本で光る露がまぶしい。息を吸うと春独特の生気に満ちた青くさいにおいがする。 シャーマンファイト終了から十年。日々は変化を繰り返しつつも穏やかに過ぎ去り、あの頃の怒涛の日々が嘘の出来事かのように思えるようになったのは幾年前からだろう。 大人と呼べる歳になっても、記憶は決して褪せることはない。彼の姿を。彼の名を。憶えている。あの悲しいまでの力を。彼の容姿はあの幼いころのままから変化することはない。自分だけが成長し、大人になる。それがすこしだけやるせなくて、さみしい。 「めずらしくむつかしい表情をしていると思えば、随分とくだらないことを考えているんだな、葉」 葉は声に反応して歩を止め、後ろをふり返る。声の主を予想するまでもない。 「よお、ハオ」 春の陽気のごとく間延びした柔らかい口調にかすかな笑みを浮かべるハオが隣に並ぶまでを待ち、葉はふたたび歩き出す。靴底と地面が擦れ合い、不思議な音がする。 隣に並ぶと歴然とした違いが見られる彼らの容姿。到底彼らの歳が同じとは考えられない。その体格差を記号付けるならば“大人”と“子ども”であった。 「歩いていると、すこし暑いな」 「そうか?おめェが厚着しすぎなんじゃねえか?」 「そうかもしれないね」 向かい風がハオの長い髪を梳かすように揺らす。さらさらとながれるその髪の毛さえもあの頃と寸分も違わぬ。葉が目線をすこし落とすと彼のつむじが目に入った。 こいつのつむじ、こんなに、 「『こんなにかわいいつむじだったか』?」 思っていたことをハオに言葉として発せられ、すこしばかりはずかしく感じた。葉は苦笑いでなんとか誤魔化そうとしたが、それはハオの不敵な笑顔によって失敗した。 「何を言ってるんだ葉。僕はいつもかわいい。」 「おめェは相変わらずだなあ」 「お前こそ」 何も変わってない、と言うハオの瞳の奥は計り知れないほど深い色をしていた。外見は子どもであるのに、纏う空気は厳かで多少の違和感を拭えない。 小さな身体で、過ぎ行く時の流れの中で、憎しみも愛情も持て余してしまうような長い時をたったひとりで過ごさねばならない。失くす瞬間を見ることだって数えきれないほどあるだろう。それならば、と葉は思う。それならば、せめて彼が彼の行く先を見失わないように、彼の帰る場所を示し続けるしかできない。 「また飯でも食いにこいよ」 「アンナがいるときにね」 「アンナはやんねえぞ」 葉がくちを尖らせると同時に向かい風が強く吹いた。そしてハオの姿は葉の隣から消えた。まるで風に溶け込むように姿を消した彼の行く先は誰も知らない。 葉は風の行方を追うようにして視線を空へやった。季節の変化など今ほど気づくことのなかった幼き頃の空と同じ色をしている。時代の動きとともに変化していくものの中に、変わらないものもあるのだと気がついたのはつい最近だ。 巡る季節、廻る因果、終わる命、出会いと別れ。憎しみに固執した彼が、きっと一番人間らしかった。うらやましいほどに人間らしかったのだ。 僕は理 僕は歴史 僕は生命の記憶 僕は 僕は 僕は 僕は すこしだけ 寂しい 090225/シアンの空想/シャーマンキングになったハオと葉。 |