いつか空も飛べると信じていた頃の話








「・・・・・・」

困惑した面持ちでちらりと脇を見る葉。
その視線の先には、長い黒髪を風に遊ばせ穏やかな表情で正面を見据える少年の顔があった。
少年は葉の視線に気付いたのか、こちらに顔を向けるなりニコリと微笑む。

「ん、どうした?」
「・・・いや、どうしたもこうしたも・・・」



事の起こりはほんの数分前。
シャーマンファイト本戦の会場まで乗せてってくれると信じていた飛行機が突如消え、他の参加者ともども虚空に放り出されて。
蓮やホロホロら仲間達と一緒に落下中、オーバーソウルを使って何とか着地を試みようと心の準備をしていた時。
数秒前まで冷たい嘲りの言葉を投げてきた“ハオ”とか名乗る少年が、空飛ぶ巨大な精霊で自分だけ掬い上げてしまったのだ。
辛うじて地上を見ると何とか仲間達は無事に地面への衝突を免れたようだが、今度はそれとは別の意味で自分の身が危ない。
そう思った葉は慌てて飛び降りようとしたのだが、余りの高さに足が竦んでしまったところを後ろへ引っ張られた。

「折角拾ってやったのに落ちたら危ないだろう?」

襟首を掴みながらそう言った少年の眼差しが心なしか真剣で怒っているように見えたから、葉は仕方なくここに居る。



「何でオイラだけ拾ったんよ」

迷惑だと言いたげに非難の色も交えて問う葉に、一瞬目を見開いて含みのある笑みを浮かべる少年。

「さっき横茶基地で言った事忘れてしまったのかい?」
「“特別な存在”ってやつか?」
「そう。君は僕にとって失う事の出来ない存在だからね。
 まだ弱いくせして不用意に死なれると困るんだ」
「・・・悪かったな、弱っちくて」

つうか初めて会った奴にいきなり“特別”とか言われてもな、などとブツブツ不平を鳴らす葉を見て少年は笑う。

「僕の正体ならいずれ分かるさ。ただ今は別に知るべき事じゃない。
 ちゃんと後で仲間のところへ送ってやるからさ、束の間の空の旅を楽しもうぜ」
「・・・・・・」

むうっと膨れた葉は少年を恨めしげに見つめるが相手が何を思って自分に構うのか分からない。
やがて考えるだけ無駄だと悟ったのか、流れ去る地上は極力見ないようにしつつ上空を仰いだ。

「空ってでっけえなあ」
「ああ、そうだね」
「オイラさ、小っちぇえ頃はいつか空も飛べるって思っとったんよ」
「人間によくある妄想だね」
「妄想って言うなよ。
 修行でじいちゃんに連れてかれた近所の裏山に切り立った崖があってさ、
 大きな岩の上に立ってこうすると・・・そのまま風に乗って飛べそうな気がした」

鳥の翼のように大きく腕を広げる葉を横目で見て少年───ハオは呆れ顔で溜め息をつく。

「無茶するなよ。そんな馬鹿な真似して死なれたら僕が馬鹿みたいじゃないか」
「しょうがねえだろ、昔は本気だったんだから。それに───実際人は飛べるようになった」

そう言う葉の目の先には雲を割き滑る一般旅客機の影。
しかしハオは途端冷めた声音になり、その言い様に葉は厭世的な心の闇を感じ取る。

「アレは機械が飛んでいるのであって人間の力じゃない。人が生身で飛べないのは業が重すぎるからさ。
 肉体という檻から解放されて初めて魂は地から足を離せるけどそれは“飛行”ではなくて“浮遊”に過ぎない。
 肉体が滅びても魂の罪は消えない・・・だから罪深い者ほど半永久的に天と地の狭間で彷徨い続ける」
「・・・何やら難しすぎてよく分からん」

ボリボリと頭を掻きながら葉は目線を落とし自分達が座っているモノに軽く触れてみる。
紅い、炎そのものと言える独特の煌きと揺らめきを内に秘めた精霊。
少年の言葉では名をスピリットオブファイアといったか。

「んな事言ってもお前だって生身で飛べる訳じゃねえだろ。
 これ程でけえオーバーソウルを作って維持しているお前は確かにすげえと思うが空を飛ぶのはこいつの特性だ」

特性、と言ったのは少年の持霊が人間霊ではない事を知っていたから。
何しろ自分の阿弥陀丸や蓮の馬孫は武器へ変じる事は出来ても飛ぶ事に関しては未だ想像もつかない。
ホロホロの持霊ならば精霊であるが、オーバーソウルを推進力に一時的に浮く、若しくは乗っかるくらいが限度だ。
そんな葉の言を聞いたハオは、ふと懐かしそうな顔をして自嘲気味に笑った。

「僕のスピリットオブファイアだって最初手に入れた時は飛べなかったよ」
「んあ?そうなんか?」
「素霊の状態で浮遊する事は出来てもいざオーバーソウルにすると大きさも災いして空を飛ぶなんて夢のまた夢だった。
 だけど或る時焚き火をしていて───上昇気流で灰や木の葉が舞い上がるのを見た時、“飛ぶ”イメージが出来上がったんだ。
 要するに霊がどんなに優れていても、或いは劣っていても、それをどう活かすかはシャーマン次第ってところかな」
「おおお・・・」

感動に目を輝かせる葉。
オイラの阿弥陀丸もいつか飛べるかもしれんな、と言いつつ拳を握ると、横でプッと吹き出す声がした。

「笑うなっつーの」
「人間霊じゃ無理って言っただろ」
「そんなんやってみなきゃ分からんじゃねえか。見てろよ、いつか阿弥陀丸もカッコ良くブーンと───」

目をキラキラさせながら語る様はすっかり夢見心地。
ハオは何を思ってか暫く無言で見つめていたが、不意に俯いてぼそりと呟いた。

「ああ。出来るかもね」
「おお、やっぱそう思うか!?」
「むしろ“君には”出来てもらわなくちゃ困る。
 一見無理に見えてもそれを可能にする力───それこそがシャーマンの最たる真価だから」

言いながら立ち上がるハオ。
座ったまま見上げる葉に手を差し伸ばし、にっこり笑う。

「楽しみに待っているよ、葉。僕に見合う力を付けてちゃんと勝ちのぼっておいで」
「望むところだ。本戦でお前と戦うのが楽しみになってきたぞ」

ゆっくり立ち上がりニカッと笑う葉。
差し出された手をがっしり掴むと、少年の厚いグローブ越しに確かな温もりが伝わった。

「いつか聞かせてくれな。お前がシャーマンキングになったら叶えたい夢」
「聞かない方がいいかもしれないけどね」
「何だっていいんよ。他人の夢を否定する権利なんて誰にもねえからな。
 お前が空を飛べたように、オイラも、人間も。夢があればきっと高みへのぼってゆける」


だって、この空はこんなにも高いから。

その先を信じる心があればきっと、限界という名の天井なんて無いのだろう。





直後、高さに酔った葉がその場で卒倒したのは言うまでもない。





 * * * * *

後書き (2008.8.25 up)

ネット浮遊中にふらりと立ち寄ったサイト様で素敵な企画を見つけ参加させて頂きました。
極力カップリング要素は控えたのですが…
兄がいささか弟過保護気味なのは完全版で本音をぶっちゃけて下さったからだと言い張ります(笑)
「特別な存在」って初対面の同性にやたら言える台詞じゃ な い YO …!

捏造要素満載ですが書かせて頂き楽しかったです。
素敵な企画を主催して下さったお二方、この度は本当に有難うございました!


-Special Thanks! 背景素材配布元 : Sweety