今ここにあるしあわせをしあわせだと思った。しあわせ、ぽつりと呟くと胸の真ん中が陽だまりのようにぽかぽかした。そう。とてもとても暖かかった。

「いつかもう一度、あんな気持ちになれる日が来るのかな。ねえ、葉?」
「…さあ。どうだろうな」

 葉は知っていた。本当はハオも知っていた。そんな日など来るはずがないと。
 夢をみるのは自由だ。願うことも、驕ることも、言葉を生みだすことだって。けれどそれらを使ってつかめるものは僅かてのひらで握りつぶせる程度。そんなこと、自分自身が一番わかっている。
 ただ幸せを想って生きていれば良かったあの頃に、涙も一緒に置いてゆけたら良かった。地球の自転に逆らったら、大地がこんなに大きくなかったら。もしかしたら、少なくとも自分たちは神の愛し方を知っていたかもしれないのに。

「僕はかつてその気持ちを知っていたよ。ただ、一瞬にして消えてしまったけれど」
「………」
「ねえ、葉。僕はどうして人を憎んでいるんだろうね」
「そんなの、お前が人だからに決まってる」
「うん。そう言うと思ったよ」

 ハオが珍しく楽しそうに笑った。何だかんだ言いつつも、ハオは今だってほんの少し幸せを感じているのだ。そうでないと、オイラなんかとうの昔に殺されている。葉は、あまり青い空が似合わない男を見てこっそり溜息を吐いた。

「オイラはお前ほど人間らしい人間を見たことないぞ」
「僕も、お前みたいに人間らしい人間は見たことない」

 そう、だから双子に生まれて良かった。こいつが兄弟で本当に良かった。
 母親の胎内で感じた以来、まだ眩しさを知らない二人はその日はじめて光に魅せられた。


081013 , 「殺されたのは私です」